IE9ピン留め
11月22日 房紐工房見学
先週は、西山さんから希望のあった、房紐工房の見学に行きました。昨年もお世話になった宮本さんです。

ひさとひも 宮本

まずは、房紐の歴史から。社長から、実際の生活に必要だった結びから装飾的なものが増えていった経緯など、丁寧に説明していただきました。房紐は常に脇役。そこのとを忘れずにいかに本体を惹きたたせるか。去年も思ったことですが、こちらにお邪魔すると房紐がどれぐらい様々なところに使われているかを痛感します。

社長は房紐は無駄なものだとおしゃいましたが、そこに日本の美意識が存在することも確かです。私たちの生活からなくなっていくもの、失われていくものの大切さくをあらためて思い起こす機会にもなりました。

最後には、実際に紐をつかって結びを披露してくださいました。更に、私たちもにも厳しい指導が。菊結びや男結び、叶結びなど実際に体験することができました。

来年2月には社長がプロデュースした房紐の展覧会が開かれるそうです。またみんなで見学に行きましょう。
# by wazasemi | 2007-11-29 12:06 | 見学
機を入れて
ブログの更新遅くなりました。

実は10月の半ばから上原晴子先生の織機をお借りして、西山さんと林さんが芸術センターで作業をしています。現在、西山さんが主に織機を使って新しい作品の試作つくりを進めていて、12月後半から林さんにバトンタッチする予定です。

西山さんは、糸くりや糸染めから丁寧に上原先生に指導していただきました。先生といろんな方法を話し合った結果、一度機にかけたものを降ろして、組紐のように組んでから、また機に戻して織るということに挑戦するそうです。どんなものが出来上がるのか、楽しみです!
# by wazasemi | 2007-11-29 11:10
ほんまもんの時代
8日(月・祝)に、上原先生にご案内していただいて、絣を専門にしてらっしゃる徳永さんのところにおじゃまさせていただきました。参加者は、林さん、巽さん、西山さん、村山さん。

これまでも絣の技法について自分で調べたりしても、なかなか細かいところまで仕組みが理解できなかったのですが、実際に作業をしていらっしゃるところを拝見してやっとちょっと納得しました。この日見せていただいたのは、経糸をくくり染め分けたあと、はしごという道具を使って、ずらしていく作業。絣は糸をずらすことで模様ができていきますが、意図しないところでずれるとその柄が崩れます。とても慎重に作業をすすめなければなりません。

徳永さんは、もう長く絣に携わってらっしゃいますが、やはり研究熱心で絣のことご自分でもいろいろ調べたりまとめたりしていらっしゃいました。絣には文字絣と衣裴絣があり、前者は糸を「くくる」といいますが、後者では「からげる」というそうです。伝承の地域からくるようですが、使う道具も少し違っているとのこと。
また、これまでに作られた絣の布をいろいろ集めてらっしゃいました。昔やったもので、今はもうどのようにしたのかわからないような複雑なものもあるそうです。絣で亀甲文様になっているものなどがそれで、参加者のみなさんは仕組みがわかったようですが、私にはさっぱりわかりませんでした。

京都は都会なので場所が狭くてもできるように、道具類も工夫が凝らされているということに、あらためて気づきました。手機に欠かせない竹筬を作っていらっしゃた最後の職人さんは、徳永さんのお友だちだそうです。(竹筬を作る職人さんは、今はもう誰もいません。金筬になりつつあります。)

徳永さんは、「今はほんまもんの時代やさかい」、また本物の織物が求められているとおしゃっていました。なんでもいいからたくさん安く、ではなく、本物のいいものが見たい、欲しい、というのは確かに時代の流れでもありますが、いつの時代にもそれらを提供することを基本にしてきた人たちにとっては当然のことなのかもしれませんね。
# by wazasemi | 2007-10-12 07:39 | 見学
細見巧先生
10月2日(火)は、細見巧先生の工房に参加者の巽さんとおじゃましました。

細見先生からは、去年わざゼミを企画する前に、まったく経験のない一般の方を対象にワークショップなどの講座を開きたいとお話をうかがっていました。その後、一般の方ではなく、美術家などある程度表現活動を行っている人を対象にしたわざゼミを開始してしまったので、細見先生のお話はそのままになってしまっていたのですが、この日あらためてお話をうかがうことができました。

わざゼミをはじめる時も悩んだ点ではありますが、わざゼミに参加する方は、自分で何かをしようと思えばいくらでもそのチャンスはあります。わざゼミがなくても、本当に学びたいと思えばそうすればいいという考えもその通りだと思っています。だから、わざゼミは最初のほんの少しのきっかけをつくるだけで、あとのことは参加者自身にお任せする方式をとっています。

細見先生に、本当に学びたいと思う方には協力する、とおしゃっていただいたこととてもありがたかったです。巽さんは、もうすでに綴れをご自分でもやっていらっしゃいますが、もっと細かいもの繊細なものをつくろうと思うと、思いどおりにならないことが多いとのこと。細見先生に作品を見ていただいてその話をすると、「時間のとれる時に続けてここに通って何か小さなものでも作ってみましょう。機も余っているし。」とのお言葉が!お願いしようと思っていたことを、そのまま提案していただいて、本当にうれしかったです。巽さんは、今後しばらくまとまった休みの時に、こちらの工房に通って実習を行うことになりました。(またその様子もレポートします。)

細見先生に、綴れの難しいところはどこでしょうか、とおうかがいしたら、「そんなのありません。どんな風に思いを込めることができるかだけです。」とおっしゃいました。さらに「どんなものつくりにでも共通することでしょう。」その通りだと思います。
# by wazasemi | 2007-10-04 07:22 | 見学
北村武資先生
9月27日

今日は、昨日に引き続き見学に行きました。西陣の北村武資先生の工房です。参加者は、北村先生のお話をどうしてもうかがいたいとおしゃっていた村山さんと西山さん、そして去年のわざゼミの参加者よしださんです。(去年の参加者からも、もし見学に行けそうな時はぜひ声をかけてくださいとお願いされていて、可能な範囲でこれからも声をかけていく予定です。)

若いころから、少しでも生活をよくしようと、「人より早く美しく」と技術を磨いてこられた北村先生。そしてそれらの技術にプラスして、人とは違う<何か>を求めてたどり着いたのが「羅」や「経錦」だったということをお話ししてくださいました。

技術は、あるレベルまでは必ず誰でもたどり着けるものだが、そこからさらに、自分にしかできないことを見つけ出すためには、歴史や原点を見つめ直すこともとても重要です。先生は、みんなが生まれ育ったたところを一人づつ聞いて、生まれた土地や生まれ持った感覚など見直す重要性も指摘してくださいました。

京都の織物などの伝統工芸品と他産地のものとの最大の違いは、人のために作られたものであるということだと先生はおっしゃいました。職人が自分のためにつくるようなことはない、人のためにを考えて心をこめて作る。ご自身も着物は一度しか着たことがないそうです。

また他にも、現在の伝統工芸展(*1)には、染織分野はほとんど着物しか出展されていませんが、着物だけが染織なのか、未来の染織のあり方にも伝統的なわざの将来についても、いろいろと考えていらっしゃるのことが伝わってきました。

わざゼミは技を知り体験することを目的と掲げていますが、その裏にある、なぜそれが必要なのかということを少しでも真剣に考えてもらえたらと思っています。技術と表現力、両方を合わせもった時に、その人にしかできなものが生まれるのかもしれません。

ただ日々の生活に流されてできることをできる範囲でやっていくという道もあるかもしれませんが、北村先生のように、常に一歩先のことを考えて精進を続けることの厳しさと同時に素晴らしさを感じた一日でした。



伝統工芸展:日本工芸会が主催する展覧会。部門別に公募が行われ、入選作品を中心に全国を巡回する展覧会が行われる。
# by wazasemi | 2007-09-27 20:41 | 見学
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